ロシアの“毒”と日本の“土壌” ~情報戦に負けない「はじめの一歩」とは~

社会時評

SNSで義憤にかられ、「いいね」や「シェア」を押したその指を、ふと止めて考えたことはないだろうか?「なぜ自分は、これほど強く心を動かされているのだろう?」と。

ウクライナ侵攻以降、激しさを増す論争の裏には、ロシアによる巧妙な情報工作の影がある。先日公開された『ニッポンジャーナル』の動画は、その危険な実態を鋭く指摘していた。

しかし、この問題は「敵が賢く、我々が愚かだから」起きるのではない。本稿では、彼らの“毒”がなぜ今の日本に驚くほど効くのか、その「土壌」となった我々の社会構造を解き明かし、その上で、誰もが明日から実践できる「知的武装への、はじめの一歩」を提示したい。

第2章:なぜ毒は効くのか? ~情報戦を“日和見感染”させる日本の土壌~

だが、どれほど強力な毒であっても、それを受け入れる「土壌」がなければ、効果は限定的だ。ロシアの情報工作は、いわば社会の“日和見感染”である。健康な社会には通用しなくとも、免疫力が落ちた社会には、深く、広く浸透する。

では、現代日本の「免疫力」はどうだろうか。悲しいかな、我々の社会には、この毒が繁殖するための完璧な土壌が、長年にわたって耕されてきた。

第一に、「失われた30年」がもたらした深刻な経済的疲弊だ。終わらないデフレ、上がらない賃金。多くの国民が将来への不安と、現状への不満を抱えている。

第二に、その不満の矛先が向かう先、エリート層への根深い不信である。「財政健全化」という美名のもとで国民生活への投資を怠り、一方でグローバル化の名のもとに国内産業の空洞化を招いた政策の数々。その結果に責任を取らない為政者や官僚、そして彼らを十分に批判してこなかった大手メディアへの不信感は、今や社会全体を覆っている。

この二つの脆弱性こそが、ロシアの毒が回るための、あまりにも肥沃な土壌なのだ。

第3章:あなたの「正義感」が乗っ取られるとき ~“目覚め”という名の罠~

第2章で述べた国民の不満や怒りは、本来、社会を良くするための健全なエネルギーのはずだ。しかし、情報工作の最も恐ろしい点は、その純粋な「正義感」や「怒り」を、全く別の方向へと乗っ取ってしまうことにある。

その入り口は、大手メディアへの不信感だ。トランプ政権や安倍政権への報道姿勢に見られたように、彼らが常に中立だとは到底言えない。その「偏り」に気づき、怒りを感じた人々は、当然、別の情報源、別の「物語」を探し始める。

そこへ、ロシア発の情報やその影響を受けた言説が、シンプルで分かりやすい「答え」を提示する。それに触れた瞬間、これまで抱えてきた不満や違和感の、すべてのピースがカチッとはまるような衝撃を受ける。いわゆる「目覚め」の体験だ。

そして、この「目覚め」こそが、最も危険な罠の始まりなのである。

一度「目覚めて」しまうと、世界は全く違って見える。「自分は、偏ったメディアに踊らせる“かわいそうな人々”とは違う。隠された真実を知る、特別な存在なのだ」という、強烈な優越感が生まれる。

この優越感は、あまりにも心地よい。だからこそ、自らの「目覚め」を補強してくれる情報をさらに求め、それに反する情報を「まだ目覚めていない人々の戯言」として切り捨てるようになる。

その結果、彼らは知らず知らずのうちに、外国のプロパガンダにとって、最も熱心で、最も忠実な「拡散者」となっていく。その原動力は、もはや純粋な正義感ではない。自らが「選ばれた側」であり続けたい、という切実な欲求なのだ。

結論:「鏡」としての情報戦 ~知的武装への、はじめの一歩~

ロシアの情報工作は、我々自身の弱さを映し出す巨大な「鏡」である。

鏡に映った醜い姿(情報工作)だけを非難し、思考を止めてしまえば、我々はこれからも同じ罠にはまり続けるだろう。真の対策は、彼らの工作の背景にある「国内の構造的問題」から目をそらさないことだ。

しかし、その上で「知的武装」を成し遂げるのは、あまりにも困難な道に思えるかもしれない。では、その長く険しい道のりの、誰にでもできる「はじめの一歩」とは何だろうか?

それは、上念司氏が動画で提示した、極めてシンプルな実践に集約されている。

すなわち、自分の怒りや不満といった感情を強く刺激する情報に出会った時、すぐに「いいね」や「シェア」をせず、一度立ち止まり、「なぜ自分はこの情報に強く惹かれるのか?」と、一呼吸おいて自問してみることだ。

情報工作は、我々の「脊髄反射」を誘い、同時に「自分は隠された真実を知る特別な存在だ」という強烈な優越感を巧みに利用して、我々を術中にはめようとする。だからこそ、この「一度立ち止まる」というワンクッションが、彼らの術中にはまらないための、最も簡単で、最も効果的な防御策となるのだ。

確かに、情報の発信源を常に見極め、自らのフィルター能力を高め続けるのは、困難な道かもしれない。しかし、幸いにも我々には『ニッポンジャーナル』という、是々非々の思考を鍛えるための、最高の“知的道場”がある。

番組を見続ける中で、自らの思考が鍛えられていく。その確かな手応えこそが、この情報社会を生き抜く力になるのだと、私は期待している。

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